HOME > 京都検定ほっこりBLOG > 旅行・観光 > 葵祭 2008
京都検定ほっこりBLOG
葵祭 2008
2008年05月19日 10:27(旅行・観光)
5月15日 新緑が鮮やかな快晴のもと、京都三大祭のひとつである葵祭
「路頭の儀」の行列が都大路をおごそかに巡行し、雅な雰囲気の王朝文化を再現しました。

上賀茂、下鴨両神社の例祭として6世紀半ばから始まったとされている
賀茂祭は、五穀豊穣を祈る祭りで、フタバアオイの葉をつけることから
葵祭とよばれます。
陰暦4月の中酉(なかのとり)の日に行われていたのが、明治になって
から5月15日と定められたそうです。
古くから祭りといえば、この賀茂祭(葵祭)をさしているほど、盛大に
国家的な行事としておこなわれ、人びとが見物しようと繰り出し、市中が
混雑するほどの盛況ぶりだったようです。

源氏物語にある車争いといえば、物語のなかでも有名な場面となっていますよね。
源氏物語の第九帖「葵の巻」では、この賀茂祭の行列に光源氏が加わるということから、六条御息所(光源氏の愛人)が一目だけでもと見物にきていた場所に、遅れてやってきた葵の上(正妻)は牛車を留めて見物する場所が見つからないため、権威にまかせて乱暴に六条御息所の牛車を、行列が見えない隅に追いやり壊してしまいます。
このような屈辱的な仕打ちに、六条御息所の生霊が葵の上に取り憑いて
しまうのです。
正確には「路頭の儀」の日ではなく、御禊の日にこの事件は起こります。
この車争いは、源氏物語の象徴的な場面の一つとして多くの絵巻や屏風絵に画かれていますから、絵図となった作品で目にする機会も多いと思います。
さらに、枕草子では『四月。祭の頃、いとをかし。』、徒然草にも『さやうの人の祭見しさま、いと珍らかなりき。』と、葵祭がでてきます。

新聞によりますと、今年は10万1千人の見物する人たちが、行列の通る
沿道を埋めたそうです。
現代では車争いはありませんが、いつの世でも人びとを惹きつける祭りと
なっていることは間違いないようです。
【コメント】
