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京都検定ほっこりBLOG


俳句の聖地 落柿舎・金福寺

2008年09月29日 10:32(旅行・観光

暑さもおさまり秋めいてきました。
活動しやすい陽気に誘われて、俳句の聖地ともいえる場所を巡ることに
してみました。

嵯峨野にある落柿舎は、松尾芭蕉の門人で、芭蕉十哲のひとりである
向井去来が隠居所として住んだ草庵です。

落柿舎入口.jpg

去来が在庵していた時にしていたように、玄関横の壁には蓑と笠が掛け
られています。

この落柿舎の名前は、去来の『落柿舎記』によると、庭の40本の
柿の木に実が生ったのを、都からきた商人が購入する約束をしたところ、
一夜にして全ての実が落ちてしまったという出来事に由来しています。
現在も何本か柿の木があり、実をつけていました。

庭内には、去来の「柿主や 梢はちかき あらし山」をはじめとして、
多くの句碑があります。

落柿舎.jpg

芭蕉は元禄2年(1689年)から三回ここを訪れ、『嵯峨日記』を
執筆した元禄4年には4月18日から5月4日まで滞在しました。
落柿舎は昔のあるじの作れるままにして、處々頽破ス。中なかに
作みがかれたる昔のさまより、今のあはれなるさまこそ心とどまれ。

(『嵯峨日記』)と、気に入った様子を記しています。

さらに、落柿舎の裏を100mほど行くと去来の遺髪を収めた墓があり
ますが、小さな石に「去来」とだけ刻まれているだけの目立たないもの
でした。 (真如堂にある向井家の墓地に葬られています)

落柿舎句碑去来墓投句箱.jpg

落柿舎の門前は畑が広がり、嵯峨野ののどかな風景をとどめています。
芭蕉や去来が見たであろう景色を眺めながら、彼らのように一句詠んで
投句するのも良いかもしれませんね。


一乗寺にある金福寺の本堂前庭の石段を上がっていくと、芭蕉庵があります。
金福寺は、貞観6年(864年)に創建されましたが、一時荒廃し、
元禄の頃に鉄舟和尚が復興します。

金福寺山門.jpg

松尾芭蕉は、鉄舟和尚と親交があり、この金福寺を、たびたび訪れて
寄宿したことから、庵は芭蕉庵とよばれるようになりました。

その後、与謝蕪村は芭蕉庵が寂れてしまったのを嘆いて、今日のように
再興し、この庵室で句会をひらいたりしたようです。
さらに境内には、多くの句碑とともに蕪村はじめとする俳人の墓があります。

庭園芭蕉庵蕪村墓弁天堂.jpg

また、舟橋聖一の小説『花の生涯』のヒロインにもなった村山たか女が、
勤皇の志士によって三条河原でさらし者にされた後、尼となって生涯を
終えたのがここ金福寺です。波乱の生涯を過ごした晩年のたか女が建立した弁天堂など、彼女に関連するものをいくつか見ることができます。

秋の深まりとともに俳句の聖地を吟行してみるのはいかがでしょう。

▼落柿舎  右京区嵯峨小倉山緋明神町20
▼金福寺  左京区一乗寺才形町20


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