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京子のズバり予想問題
明治の京都画壇草創期の重鎮
2007年02月07日 19:30(建築・庭園・美術)
京都府画学校設立を建議して後進の指導育成につとめ
竹内栖鳳らの画家を育てた明治の京都画壇草創期の重鎮は誰か。
(ア)塩川文麟
(イ)中島来章
(ウ)幸野楳嶺
(エ)川合玉堂
正解は(ウ)幸野楳嶺
幸野楳嶺(こうのばいれい)は
京都で生まれた、幕末・明治期の四条派の画家で
中島来章、塩川文麟に山水画を学びました。
明治13年(1880)、日本で最初の美術学校である
京都府画学校(京都市立芸術大学の前身)設立に尽力した人物で
自らも私塾楳嶺塾を開いて後進の育成につとめました。
正直にいって、京子は幸野楳嶺の作品はもちろん
日本画についてコメントするなんて恐れ多いことはできません。
でも竹内栖鳳、都路華香、菊池芳文、谷口香嶠が
楳嶺門下の四天王と呼ばれていることから
京都画壇の隆盛の基礎をつくった人物とされているようですね。
幸野楳嶺のお墓は上京区の妙蓮寺にあります。
なお京都画壇で活躍した人物としては、
当然、第一回文化勲章受章の上村松園も要チェックです。
過去の検定試験に出題されています。
【コメント】

