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京子のズバり予想問題


後水尾天皇の女御、和子のお父さん

2007年10月01日 14:48(歴史・史跡

後水尾天皇の女御として入内した徳川和子の父は誰か。 
 (ア)徳川家康
 (イ)徳川秀忠
 (ウ)徳川家光
 (エ)徳川家綱

正解は(イ)徳川秀忠

徳川和子(とくがわ まさこ)
江戸幕府2代将軍徳川秀忠の娘(母はお江与)。
後水尾天皇の中宮となり
明正天皇の生母でもあります。

院号は東福門院(とうふくもんいん)

江戸幕府は草創期の政権基盤を磐石とするために
公武和合を画策し、徳川家を天皇外戚とするべく
元和6年(1620)、和子を宮中に送り込みます。

持参金は、なんと七十万石!

入内当日は、行列の先頭が御所に到着しても
最後尾はまだ二条城を出ていないというほど
それはそれは華やかだったそうです。

とはいえ、武家のお姫様から天皇家への嫁入り。
さぞかし気苦労もあったでしょう。

まず、和子はもともと、かずこ、と名乗っていましたが
濁音は宮中で嫌われるとのことで、まさこ、と
呼び方をかえているとか(ホント?)。

おまけに後水尾天皇は、幕府の朝廷政策に不満たらたら。

紫衣事件なんかもおこしていますから
和子としては実家と嫁先の板ばさみになって
かなり、つらい立場においこまれていたでしょうね。

おまけに、入内後は一度も江戸には帰らなかったとか・・・・・・

そんなつらい立場にもめげることなく
朝幕間の関係強化に尽力した和子さんは
きっと気丈な方だったんでしょうね。

さすが、浅井長政お市の方の血筋をくむ姫君!

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